長崎街道 矢上宿 歴史探訪

長崎街道25宿のうち、長崎から2番目の宿場町
佐賀鍋島藩の配下で、矢上の宿には鍋島藩の番所があった。
役人は旅人の身元を確認するため長崎に飛脚を走らせ、戻って身元が確認できるまで宿を取らせ、長崎に入れなかった。

教宗寺では、文政9年(1826)2月15日、シーボルトも江戸参府のおり昼食をとっている。
また、佐賀藩が長崎警備のとき、家臣団の宿泊所でもあった。
矢上宿の街道沿いには多くの
恵比寿様が大切に祀られている。
文久3年(1863)に砲台を置き、慶応2年(1866)完成。直径3.6mの円形台座は珍しい。

さるく博も10月をもって終わります。しかし、あなた方が求めている長崎の街並みはこれからも変わることなくここにあります。いつ来ても「長崎をさるく」ことはできます。